大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)2345号 判決

原告

有川誠造

右訴訟代理人弁護士

鴨田哲郎

被告

横河電機株式会社

右代表者代表取締役

山中卓

右訴訟代理人弁護士

西修一郎

大下慶郎

納谷廣美

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金五四万七五七七円及び内金四万七五七七円に対する平成三年三月二四日から支払済みまで年六分、内金五〇万円に対する平成五年二月二〇日から支払済みまで年五分の各割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実(明らかに争いのない事実を含む。)

1  被告は、計測機器製造販売を業とする資本金三二三億円の株式会社であり、原告は、昭和三五年、被告に雇用され、現在被告会社のシステム第二事業部第一技術部鉄鋼技術課に所属する従業員である。

2  原告は、被告の業務命令により、平成三年一月一三日から同月二六日まで、韓国に出張(以下、本件出張という。)し、同国で業務に従事した。

この間、原告は、〈1〉同月一七日、浦項から光陽へ、〈2〉同月一八日、順天からソウルへ、〈3〉同月二二日、ソウルから浦項へ、それぞれ所定就業時間帯(八時五五分から一七時三〇分)内に業務のために移動(以下、本件移動という。)した。

被告は、別表のとおり、本件移動時間合計一五時間を時間外勤務手当支給対象たる実勤務時間と認めず、本件出張中の実勤務時間を七七時間と計算し、その間の所定就業時間七〇時間を超える七時間分の時間外勤務手当金二万二二〇三円を支払った。

3  被告会社と、原告の所属する全国金属機械労働組合東京地方本部横河電機支部(以下、組合という。)との間に、昭和六一年一二月二六日に締結(同六二年一月一日実施)された「外国旅行における勤怠及び時間外勤務の取扱いに関する協定書」(横労協八六―一一五号、以下、本件協定という。)二条一項によれば、「時間外勤務の算定については、月別に実勤務時間が当該出張期間に対応する国内所定就業時間を超えた時間分について、時間外勤務手当を支給する。この場合、実勤務時間とは、休憩、移動(通勤を含む。)、接待等に要する時間を除いたものをいう。」と規定され、また同条二項によれば、時間外勤務手当の計算は、(固定給(L)+職務能力給(S)+役手当+特殊勤務手当)(以下、基準内賃金という。)を月間標準就業時間(一五八・六五時間)で除し、これに一・三五を乗じたもの(以下、時間単価という。)とすると規定されている。

原告の平成三年一月当時の基準内賃金は、金三七万二七四九円であり、時間単価は、金三一七一・八三円である。

二  請求の要旨

原告は、本件移動時間合計一五時間も実勤務時間に当たると主張し、労働契約に基づく未払時間外勤務手当金四万七五七七円と、被告会社が右支払を拒絶したことが不法行為に当たるとして慰謝料金五〇万円の支払を求めた。

三  争点

本件移動時間は、時間外勤務手当の支給対象たる実勤務時間に当たるか。

第三争点に対する判断

一  認定事実

1  本件出張と本訴に至る経過

原告は、平成三年一月一三日から同月二六日にかけ、韓国に本件出張をした。

帰国後の同年二月四日頃、原告は、本件協定一条に基づき時間外勤務手当の支払を請求するため、被告会社人事課に対し、「海外出張者就業時間記入表」(〈証拠略〉)を作成・提出した。同表において、原告は、本件移動時間も実働時間に含まれるものとし、同月一七日について八時間、同月一八日について九時間、同月二二日について八時間と、実働時間欄に記載した。

しかし、人事課の担当者は、右各日について移動時間五時間を削り、同月一七日について三時間、同月一八日について四時間、同月二二日について三時間と、実勤務時間欄を訂正し、現地勤務時間七七時間から所定就業時間七〇・五時間を差し引き、七時間を海外残業時間と認定し、被告会社は、同年三月二三日、時間外勤務手当として七時間分の金二万二二〇三円を原告に支払った。

原告は、右取扱いに納得せず、直ちに人事課に電話で問合わせをなし、人事課から関連協定書類を提示されたが、やはり納得せず、同年三月二九日、被告会社人事課に対し、「海外出張中の就業時間について問い合わせ」(〈証拠略〉)なる文書を提出した。

また原告は、同年五月二三日、組合執行委員会に対し、右取扱について善処方を要請する文書(〈証拠略〉)を提出した。

更に原告は、同年六月三日、被告会社の依田人事部長に対し、諮問書(〈証拠略〉)を提出した。

同年七月から翌平成四年三月にかけ、原告は、被告会社の依田人事部長、石橋人事課長らと話合の機会をもったが、双方の意見は平行線を辿り、同年四月二二日、原告の申立により、新宿労働基準監督署において事情聴取が行われた。その結果、同労働基準監督署の見解は、労働基準法違反はないというものであった。

その後、同年七月六日に原告と依田人事部長、同年九月四日に原告と被告会社の顧問弁護士(被告代理人)である大下慶郎弁護士らとの間で、話合いの機会が持たれたが、双方の意見は対立したままであり、原告は、翌平成五年一月七日付け内容証明郵便により、被告会社に対し、未払賃金請求と謝罪を求める文書(〈証拠略〉)を発したが、被告会社はこれを拒絶する回答(〈証拠略〉)をした。

そこで原告は、同年二月一二日、本訴を提起した。〈証拠・人証略〉

2  本件出張に適用される労働協約

組合と被告会社との間に平成二年七月一日に締結された労働協約によれば、第一二章「旅行」の一〇八条一項で「旅行中は所定就業時間勤務したものとして扱う。」、一一四条で「旅行中、所用先の業務の都合により、時間外労働または休日出勤をした場合には、一〇八条一項および一一一条(旅行中の休日)の規定にかかわらず、本人の申告により、時間外労働または休日出勤の取扱いを受けることができる。ただし、この時間計算には、この協約に定める時限を準用する。」、一一五条で「所定就業時間外および休日の乗車(船)時間は就業時間として取扱わない。」と規定されている。

昭和六一年一二月二六日、被告会社の総務部門長である島村昌孝と組合の書記長である井上雅司との間で締結(同六二年一月一日実施)された労働協約たる「外国旅行における勤怠および時間外勤務の取扱いに関する協定書」(横労協八六―一一五号、本件協定)によれば、二条一項で「時間外勤務の算定については、月別に実勤務時間が当該出張期間に対応する国内所定就業時間を超えた時間分について、時間外勤務手当を支給する。この場合、実勤務時間とは、休憩、移動(通勤を含む。)、接待等に要する時間を除いたものをいう。」、同条三項で「就業時間が当該出張期間に対応する国内所定就業時間に満たない場合は減額しない。」と規定されている。(〈証拠略〉)

3  旅行に関する協約とその取扱いの変遷

昭和四七年七月二八日に締結された労働協約たる「外国旅行における計装出張(自動制御装置設置のための出張)中の勤怠および時間外勤務の扱いに関する覚書」(横労協七二―二五号、〈証拠略〉)によれば、「週四〇時間を一つの基準とし、これを超えた時間分について時間外勤務手当を実施する。」と規定され、国外旅行においても国内旅行と同様、所定就業時間帯内における移動については、実勤務時間に含まれるとの取扱をしていたものと窺われる。

昭和五四年一二月二七日締結された「内国旅費協定書および労働協約書一部改定に関する協定書」(横労協第七九―四一号、〈証拠略〉)によれば、「内国旅費規則」(昭和五四年一二月二七日改定、社規三―一〇六号)二五条で、国内旅行についてトラベルタイム(TR)制度を導入し、日帰り又は宿泊出張において、時間外又は休日に乗車(船)した場合、その乗車(船)時間(但し、通勤に相当する時間は除く。)トラベルタイム(TR)とし、一時間単位で、係長・主任待遇は金七五〇円、一般は金六〇〇円の日当加算をすることとした。

昭和五五年一二月一〇日に締結された「外国旅費協定の改定等に関する協定書」(横労協第八〇―四六号、〈証拠略〉)によれば、一般旅行と計装出張の区分が廃止され、「外国旅行における勤怠および時間外勤務の扱いについて」の項で、「週四〇時間を一つの基準とし、これを超えた時間分について、時間外手当を支給する。なお、深夜勤務については別途考慮する。」と規定され、国外旅行においても国内旅行と同様、所定就業時間帯内における移動について実勤務時間に含まれるとの取扱いをしていたものと窺われる。

昭和六〇年一二月五日に締結された「外国旅行における勤怠および時間外勤務の取扱いに関する協定書」(横労協第八五―六五号、〈証拠略〉)によれば、二条二項で「時間外勤務の算定については、実勤務時間が一週四〇時間を超えた時間分について、時間外勤務手当を支給する。この場合、実勤務時間とは、休憩、移動(通勤を含む。)、接待等に要する時間を除いたものをいう。」と規定され、国外旅行については、国内旅行と異なり、所定就業時間帯内における移動については、実勤務時間に含まれないとの取扱いに変更されたことが認められる。

昭和六一年六月一日に締結された「外国旅行における勤怠および時間外勤務の取扱いに関する協定書」(横労協第八六―五一号、〈証拠略〉)は就業時間の短縮に伴って改定されたものであり、同協定書二条一項で「時間外勤務の算定については、月別に実勤務時間が当該出張期間に対応する国内所定就業時間を超えた時間分について、時間外勤務手当を支給する。この場合、実勤務時間とは、休憩、移動(通勤を含む。)、接待等に要する時間を除いたものをいう。」と規定され、国外旅行については、国内旅行と異なり、所定就業時間帯内における移動については、実勤務時間に含まれないとの取扱いであった。

昭和六一年一二月二六日に締結された本件協定(横労協第八六―一一五号、〈証拠略〉)の規定内容は前記のとおりであり、右横労協八六―五一号と外国旅行における時間外勤務手当の取扱いに変化はない。

本件出張後の平成三年四月一日制定の「旅費規則」(社規第三―一四〇、〈証拠略〉)によれば、七条で「旅行中の乗車(船)の時間が所定就業時間外または休日に及ぶときは、給与の支給はないが、車(船)中泊の場合を除き、トラベルタイム(TR)として取扱い、一時間単位(一時間未満の端数切捨)で日当加算を支給する。」と規定され、国外旅行においても国内旅行と同様トラベルタイム制度が導入されることとなった。

平成三年一二月二五日に締結(平成四年一月一日実施)された「外国旅行における勤怠および時間外勤務の取扱いに関する協定書」(横労協第九一―八六号〈証拠略〉)によれば、二条一項で「時間外勤務の算定については、月別に実勤務時間が当該出張期間に対応する国内所定就業時間を超えた時間分について、時間外勤務手当を支給する。この場合、実勤務時間とは、休憩、所定就業時間帯外での移動(通勤を含む。)、接待等に要する時間を除いたものをいう。」と規定され、国外旅行においても国内旅行と同様、所定就業時間帯内における移動については、実勤務時間に含まれるとの取扱いに変更された。(〈証拠・人証略〉)

2(ママ) 判断

そこで、本件移動時間が時間外勤務手当の支給対象たる実勤務時間に当たるかどうかについて判断する。

まず、労働協約の規定内容についてみると、一〇八条一項の「旅行中は所定就業時間勤務したものとして扱う。」との規定は、旅行中においては、国内・国外旅行を問わず、所定就業時間内において、随時休憩、移動することがあるが、その間従業員の自主的時間管理に委ね、仮に実労働時間が所定就業時間に満たない場合であっても、所定内賃金は減額しないことを定めたもの(同趣旨の規定は、本件協定の二条三項において確認的に規定されている。)であり、一一五条の「所定就業時間外及び休日の乗車(船)時間は就業時間として取扱わない。」との規定は、所定就業時間外及び休日における移動時間は、時間外(休日)勤務手当の支給対象となる実労働時間とならない旨規定したものと解されるところ、移動時間は労働拘束性の程度が低く、これが実勤務時間に当たると解するのは困難であることから、これらの条項から直ちに所定就業時間内における移動時間が時間外手当の支給対象となる実勤務時間に当たるとの解釈を導き出すことはできない。そして、本件協定の適法性・有効性については疑問を差し挟む余地はないと認められるところ、同協定は、海外旅行における時間外勤務の取扱いに関する特則であるから、同協定二条一項は、海外旅行の時間外手当の算定に当たり、優先的に適用されるべきものである。そして、実際上の取扱いも、同規定のとおり、移動時間を実勤務時間から除く取扱いがなされてきたことが認められる。もっとも時間外手当の支給申出は自主申告方式によっているため、必ずしも被告会社の厳密なチェックが及ばない場合が有りうるかも知れないが、その故をもって右認定を動かすに足りない。

〈省略〉

国内旅行においては、時間外手当の算定に当り、移動時間も実勤務時間に含める取扱いであったことから、組合は、国内と国外旅行で区別を設ける理由に乏しいとして、本件協定の改定を申入れ、平成三年一二月二五日に締結(平成四年一月一日実施)された「外国旅行における勤怠および時間外勤務の取扱いに関する協定書」(横労協第九一―八六号)により、所定就業時間帯外での移動を実勤務時間から除くものと規定され、前記取扱いが改められた。このように組合においても、本件出張当時、時間外手当の算定について移動時間を実勤務時間から除く取扱いを是認していたものである。

右事実に加え、本件出張当時、旅費規則(〈証拠略〉)二五条により、一旅行日当り金二〇〇〇円の海外出張手当が支給されており、これが右取扱いに対する代償的な措置となっていたことをも考慮に容れると、本件移動時間が時間外勤務手当の支給対象たる実勤務時間に当たらないとした被告会社の判断に、何ら労働契約違反はなく、相当なものであったということができる。

三  結論

以上によれば、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 吉田肇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例